幸せ地蔵

緑豊かな北中城村安谷屋のがけ下に、尊いお地蔵様が何者かにより無残にも投げ捨てられていました。
頭からすっぽりと沼地に落ちたお地蔵様は数年間も誰にも見つからず、手足をバタつかせ「助けてくれ~」と、もがき苦しみ今にも息が切れかかりそうでした。

2011年10月、村人により発見された。

心よい村人達に手厚く供養されたお陰でやっと息を吹き返したお地蔵様は、再び生命が蘇り、この地を行き交う人々に癒しを与えています。お地蔵様の恩返し(ご加護)なのでしょうか?
ここを訪れた人達に不思議なことが起こるようになりました。
子宝、恋の成熟、病気の快復・・・。
私達に幸せをもたらせてくれるお地蔵様。それからと言うものこのお地蔵様は
「幸せ地蔵」と呼ばれるようになりました。

2011年10月、北中城村にお住まいのAさんが相談に訪れました。
Aさんは、自分の所有地にお地蔵さんが捨てられ、大変困っていると話してくれました。お地蔵さんは神仏だけに簡単に触れるものではなく、困ったAさんは行政に相談しましたが、私有地だけに対応は難しかったようです。
そこで私が霊視を行うと、お地蔵さんが真っ黒な状態で苦しんでいるのが視えました。
すぐにAさん姉妹と現地に行き、がけ下からお地蔵さんを救い上げ、近くの農地から水を運び長年の汚れを落としました。
お線香をともし、花、水、お茶、酒、を供え、お地蔵さんが安らげるように供養しました。
その時、私にできる事はここまででした。
それから2年後、Aさんからパワーストーン・ブレスレットの注文があり、その帰りに娘と一緒にお地蔵さんに会いに行きました。
夏の暑い日でした。
太陽がガンガン照るなか、雑草の中のお地蔵さんはすごく暑そうでした。
それを見た娘が
「お母さん、こんなに暑いのにお地蔵さんかわいそうだよ、お家を造ってあげて」
「そうだね・・・沖縄は台風もよく来るし、雨風の中お地蔵さんかわいそうだね」
娘婿の父は大工さんなのですぐに連絡をすると、偶然にも近くにいました。お地蔵さんの祠を造ってほしいとお願いすると、心よく引き受けてくれました。
それから2週間後に祠が出来上がりましたが、あまりの見事さに驚きました。
私としては、目立たないように小さめに造ってくれると思っていましたが、大工歴40年のキャリアもあり、お地蔵さんが住む祠だからと立派なものを造ってくださいました。

お地蔵さんがいらっしゃる場所は交通量が多いにも関わらず、荒地でした。雑草や木々が伸びほうだいで、昼間でも暗く歩きにくい場所でした。
息子たちに協力してもらいお地蔵さんの周辺の美化作業を行うことにしました。それから又吉陽子自身がお地蔵さんを管理し、周辺の美化作業を行うようになって、今年で10年になります。

通りすがりの方から、「お地蔵さんが来てからこの辺り見違えてきれいになった、ありがとう」と。
その一言がとても嬉しく、また頑張ろうと励みにもなります。

 

幸せ地蔵の写真をご覧ください。